第29回 日タイ友好 長政まつり

今年のタイ舞踊ショーは本場タイから大学生舞踊団がやってきます! 3種類の華麗なダンスは必見です。   昨年も大好評のトゥクトゥク試乗会!    ムエタイ・ショーには「はまっこムエタイジム」が出演。   よしもと芸人お笑いライブには「はんにゃ」「2700」、静岡住みます芸人の「カズ&アイ」が登場!お見逃しなく!  和装の人前挙式『長政ウェディング』  タイのこどものむかし遊び体験  浅間通り商店街でお買い物のお客さまは、タイ旅行がペアで当たる大抽選会に参加できます!! 今年も抽選券10枚でビンゴ参加権に交換も         



日時: 2014年10月12日() 11:00−17:00

場所: 静岡浅間通り商店街  (静岡市葵区宮ヶ崎町・馬場町)
※600メートルの商店街全域が歩行者天国となります。

《交通手段》 開催場所「浅間通り」の地図はこちら
バス:JR静岡駅より「中町」(約10分・100円)下車
徒歩:JR静岡駅より約15分(1km)

《主催》
静岡浅間通り商店街振興組合 長政まつり実行委員会


《主な催事内容》
●戦艦図絵馬奉納行列
●タイ舞踊(タイ国政府観光庁提供イベント)
●長政ウェディングin浅間通り
●ムエタイ・ショー
   出演:はまっこムエタイジム
●トゥクトゥク展示・試乗
●開会及び閉会セレモニー
●秋のわくわく祭り協賛福袋販売
●長政まつりペアタイ旅行が当たる大抽選会
●駿府歴史スタンプラリー
●タイ料理屋台、タイマッサージ・タイ雑貨店の出店

おまつりMC
 今年の長政まつりを一日盛り上げるMCは、昨年に引き続き、静岡住みます芸人の「カズ&アイ」 。軽妙な二人のかけあいにどうぞご期待ください。
カズ&アイ★ホームページ

タイ舞踊
TATの御協力で、タイから舞踊団がやってきます。今年も、タイの大学の舞踊団です。
演目は
☆コーン(仮面舞踊劇)
☆マノーラー・プーチャーヤン舞踊
☆フォン ティー(タイ北部民族舞踊 傘の踊り)の予定です。
優雅な踊りをぜひお楽しみに!

はまっこムエタイジム
今年は横浜の「はまっこムエタイジム」さんがムエタイ・ショーを披露します。
「メーマイムエタイ(古式ムエタイ)」「ミット打ち(プロが見本を見せ、お客様に参加をしていただきます)」「エキシビジョンマッチ」と盛り沢山です。たっぷりお楽しみください。
はまっこムエタイジム
はまっこムエタイジム日誌


ウェディング with 長政まつり
今年は1組の新郎新婦様が結婚式を挙げます。和装で行う人前挙式をご覧ください。
http://machiwedding.eshizuoka.jp/


よしもと芸人お笑いライブ
よしもと芸人によるお笑いライブが開催されます。
出演者 はんにゃ 2700 カズ&アイ
生ライブをお見逃しなく!
http://www.ynn47.jp/sizuoka/ 

タイのこどものむかし遊び体験
タイの伝統的な遊びが体験できます。ぜひ挑戦してみてください。
【会場:2番街】
☆ドゥーンガラー(ココナッツぽっくり)・・・日本ではおなじみのぽっくり。タイではココナッツで作られているんです。
☆ドゥーンカーヤン(タイの竹馬)・・・日本でもおなじみの竹馬。タイでは自然の竹そのまま足を乗せて歩きます。できるかな??
【会場:5番街】
☆ティールックロー(自転車のタイヤ転がし)・・・まっすぐ上手に転がせるかな?大人の方にもなつかしい。


《目次》
プログラム  出店者  長政まつりとは  山田長政と浅間通り  リンク集



◎プログラム
山田長政戦艦図絵馬奉納行列


13:30 中町赤鳥居下出発
14:00 静岡浅間神社到着
14:00 奉告祭 大歳御祖神社拝殿

4番街・中央ステージ


10:45 木遣り
11:00 開会式
11:30 よしもと芸人お笑いライブ
12:00 長政ウェディング
14:30 タイダンス
15:30 タイダンス
16:00 長政まつりタイ旅行争奪ビンゴ
16:45 閉会式、餅まき

5番街・ムエタイステージ


11:30 ムエタイ・パフォーマンス

14:00 こども広場(タイヤ転がし) 14:30 ムエタイ・パフォーマンス

3番街・トゥクトゥクコーナー


11:00〜トゥクトゥク展示・撮影・試乗会

1番街・抽選会場


12:00 秋のわくわく祭り協賛福袋販売

14:00 長政まつり大抽選会

  ※抽選会に参加するには※
  10月4日〜 浅間通り商店街 わくわく祭り富くじ取扱い店にてお買い物をすると、『わくわく富くじ』を差し上げます。
  その場でくじをめくり、わくわく祭りの素敵な景品が当たります。
  残念ながらはずれだった場合、そのはずれくじを、そのお店で『長政まつり抽選券』1枚と交換いたします。
  その抽選券を持って、おまつり当日14時の抽選会にお越しください。
  特賞は、タイペア旅行です!!


3番街・トゥクトゥクコーナー


11:00〜トゥクトゥク展示・撮影・試乗会

2番街・こども広場


11:00 こども広場(竹馬・ぽっくり)
14:00 こども広場(竹馬・ぽっくり)

駿府歴史スタンプラリー


浅間通りは、静岡浅間神社側から中町に向かって、1番街→5番街の5つのブロックに分かれています。各番街の押印所に置かれた駿府ゆかりの人物等のスタンプ5つを全部集めると、先着1000名に「長政まつり」の日にだけ焼かれる長政煎餅をプレゼント!(お一人様一回限りです)
参加方法など詳細は、当日本部等で配布するプログラムをご覧ください。


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◎出店者

タイ料理
○アジアサイアム(神奈川)
○ルン・ルアン(東京)
○まり(東京)
○サラパタヤー(神奈川)
○タイオーキッド(静岡)
○オーイさん(静岡)
○ケン(横浜)
○サラデーン(静岡) http://www.jade.dit.ne.jp/saladaeng/


タイマッサージ
○タンタラー(静岡)


タイ雑貨・食材・その他
○SOMEDAY(静岡) http://pechiloso.cart.fc2.com/
○アジア食材店 ランチャイモンコン(静岡)
○PLANTOYS(静岡) http://www.plantoys.com/
○アーハン・サモーン(島田)
○アジアンショップKumari(静岡)


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◎日タイ友好 長政まつり とは
 いまから二十年ほど前の1986年、静岡の若者有志によるささやかな「まつり」が浅間通りで行われました。徳川家康が駿府城に在城していた頃にタイへ渡り、波乱の生涯を送った山田仁左衛門長政がこの浅間通りの出身であることにちなみ、イベントは「長政まつり」と命名されました。これが「第1回 長政まつり」です。
 その後、浅間通り商店街に引き継がれた「長政まつり」は、山田長政を記念顕彰するのみならず、日本とタイの交流の架け橋となった長政にならい、日タイの親睦を推進する「日・タイ友好」事業として、タイフードやタイ舞踊など、タイ文化の魅力を紹介してきました。
 2000年には商店街の新アーケードの完成と共に、念願であった山田長政公像の建立が実現しました。これを契機に山田長政を学問的に研究する会が地元に発足し、長政まつりは一過性のイベントから、地域独自の歴史文化や伝統を再発見する「学びの場」ともなりました。   
 2004年からは在京タイ王国大使館・大阪タイ王国総領事館の大々的な支援を受けて、「日・タイ友好 長政まつり」は地方都市の一商店街としては類例のない国際的なイベントへとますます発展しているところです。

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◎山田長政と浅間通り

【その出生とタイへの渡航】
 山田仁左衛門長政は、天正十八年(1590)頃、駿府の馬場町(いまの浅間通り)に生まれた。父は紺屋津国屋の二代目九左衛門、母は藁科富厚里の出身であったと伝えられている。
 慶長十七年(1612)頃、長政は駿府の商人滝佐右衛門・太田治右衛門が船主の貿易船に便乗してシャム(=タイ)に渡った。
 長政が渡航した頃のシャムは、アユタヤに国都を置くアユタヤ王朝の時代だった。アユタヤは東南アジア交易網の重要な拠点として物産を集積・供給するだけではなく、アジアとヨーロッパを結ぶ海路貿易の中継地だった。長政はここで日本人町の頭領をつとめた。また、ソングタム王の信認をうけて王室付きの日本人護衛兵の長となって活躍し、数々の武勲をうちたてた。

【タイでの活躍】
 山田長政は戦前の日本においては武勇伝ばかりが強調されていたが、長政の本領は武人の功績よりも、国際的な貿易商としての手腕にある。東西各国の仲買人たちが入り乱れてしのぎをけずる国際都市アユタヤで、長政は熾烈な経済戦争に勝ち続ける。日タイの貿易はもちろん、マラッカ(マレーシア)やバタビア(インドネシア)などにも商船を送り盛んに交易を行った。
長政はアユタヤを拠点とする貿易を一手に引き受け、その勢いは、世界最大の海運交易企業の東インド会社を相手に一歩も譲らず、同社のアユタヤ支社を閉鎖させてしまうほどだった。
 寛永三年(1626)、長政は「オークプラ」という正規の官位をアユタヤ王室から与えられた。寛永五年(1628)には、ついに最上位の官位であるオークヤー・セーナピモックにまで昇進し、以後長政はタイの歴史ではこの官位名で記憶されている。
 長政は祈願成就を記念して、故郷駿府の浅間神社に『戦艦図絵馬』を奉納した。絵馬の原図は天明八年(1788)の火災で消失したが、駿府勤番榊原長俊が模写した図が残されている。

【六昆王に、そして悲運の最期】
 寛永六年(1929)、タイの使節団が三代将軍徳川家光に謁見し、日本とタイの国交が樹立する。その仲介役をつとめたのが山田長政だった。長政の尽力で日タイ両国の交流はますます盛んになるが、この頃から長政の人生は不穏な方向へと大きく転回する。この年ソングタム王の崩御によって王室内に王位継承をめぐる抗争が起き、長政も否応なしにまきこまれるのである。
 様々な政治的かけひきが王室内で続く中、長政は、当時内乱状態にあったリゴール(六昆、現在のタイ南部、ナコン・シータマラート)の平定を命じられる。日本人義勇軍二千人を率いた長政は見事に争乱を鎮め、六昆王(リゴール国王)に任ぜられた。小国といえども長政は一国の「王」となったのである。
 しかしそれも束の間、長政は戦闘で足に受けた傷が悪化して、波瀾万丈の生涯を閉じた。何者かが傷に毒を塗ったのだとも言われている。寛永七年(1630)、長政は四十歳だった。
 故国日本にもアユタヤにも戻ることなく、山田長政は異国の土となった。270年後、ナコンには長政を追悼する記念碑がたち、「ナガマサ・ストリート」と呼ばれる通りがいまもある。

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◎リンク
 タイ関連リンク集。
 出店者。
 その他。

在京タイ王国大使館

タイ王国大阪総領事館

タイ国政府観光庁

ワイワイタイランド

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 ©浅間通り商店街振興組合+長政まつり実行委員会 2014